大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 平成11年(ネ)242号 判決

住所〈省略〉

控訴人

株式会社大和証券グループ本社

(旧商号 大和証券株式会社)

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

瀧賢太郎

住所〈省略〉

被控訴人

右訴訟代理人弁護士

田中千秋

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

次のとおり付加するほか、原判決の「第二 事案の概要」に摘示のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三頁五行目の「証拠」の次に「(被控訴人本人)」を加える。

(当審における補充的主張)

一  控訴人の主張

原判決は、証券会社である控訴人には、証券取引契約の付随義務として、当該具体的取引を行う適合性が明らかに欠けていることが判明した場合には取引を勧めるべきでないという保護義務が発生するというべきところ、被控訴人による本件ワラント取引は、被控訴人の投資経験、判断能力、収入等に照らし、明らかに適合性を欠くから、Bの勧誘行為は顧客に対する保護義務に違反するとして、控訴人に被控訴人に対する債務不履行に基づく損害賠償責任を認めたが、右判断は、適合性の原則についての判断を誤っている。すなわち、

1 適合性の原則とは、証券会社は、投資勧誘に際して、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして、適当と認められる取引の勧誘を行わなければならないというルールであるところ、この原則は平成四年の証券取引法の改正により同法五四条一項一号として取り入れられたものであって、本件ワラントの取引当時にはいまだ法律上規定されていなかったのであるから、その際控訴人が適合性の原則に基づく保護義務に違反したと解すべき根拠はない。また、右原則が右改正により規定された後も、同法五四条一項一号の形式から明らかなように、右原則は大蔵大臣の行う行政処分の要件に過ぎないのであって、証券会社やその従業員に私法上の義務を課するものではない。

2 原判決のいう「保護義務」は、証券取引の基本原則である自己責任の原則と矛盾する。すなわち、一般に、証券取引は利益追求を目的とする経済活動で、本来的に危険を伴うものであり、証券会社が投資者に提供する情報、助言等も、所詮はその時点の経済情勢や政治状況等の不確定要素に基づく将来の予測、見通しに依拠せざるを得ない。したがって、投資者は、証券会社から得られた情報、助言等を参考にするとしても、当該取引へ参加するか否か、あるいは参加する場合の取引内容等については、自らの責任で、当該取引に関する危険性の有無・程度あるいはその危険に耐えるだけの財産的基礎を有するかどうか等を判断し、決定しなければならず、その結果、利益が出た場合は自らの利得としてこれを取得できる代わりに、損失が生じた場合は自らこれを負担し、他に転嫁することはできない。被控訴人は、ワラント取引の勧誘を受けても、これを拒否する自由があり、過去に担当者からの勧誘を断ったことがしばしばあるのに、利益確保のために敢えてワラント取引に参加したのであるから、本件は自己責任の原則が働くべき場面であり、控訴人にワラント取引の勧誘を控えるべき保護義務を認めることは自己責任の原則の否定につながる。なお、「自己責任の原則は、一般投資者自ら当該取引について判断可能な状態にあることを前提とし、顧客にワラントについての説明を理解する能力のないときには、自己責任の原則の適用はない」との主張も考えられるが、自己責任の原則は、証券取引の性質から導かれるものであって、証券取引に投資する全ての投資者に対し当然に適用される原則であるから、投資者が当該取引について判断可能な状態にあることを前提条件とすべき理由はなく、右主張は失当である。

3 投資者の資産状態や資質、証券取引に関する知識等は、外部から容易に把握できない投資者のプライバシーにわたる事実であるから、証券会社の営業員は、投資者自身が積極的に明らかにしてくれた場合はともかく、そうでない場合には、当該投資者に関するこれらの事項を知り得ないのが通常であり、仮にこれらの事項を調査した上でなければ投資勧誘ができないとすれば、投資勧誘は事実上不可能となる。一方、投資者は、自らの資産状態や資質、証券取引に関する知識等を熟知しているから、たとい証券会社から投資勧誘を受けても、これらの状態に照らし適切な投資判断ができないと判断すれば、投資を控えることができる。このような投資者と証券会社の関係と前記1、2の諸点に照らせば、個々の投資者への投資勧誘が適合性の原則に反するとして義務違反が問われるのは、証券会社の営業員が顧客の投資目的、財産状態及び投資経験等に照らして、明らかに過大な危険を伴う取引を積極的に勧誘したような例外的場合に限られるべきである。

これを本件についてみると、被控訴人の本件ワラント取引は、次の諸点に照らし、適合性の原則が問題とされるべきものではない。

(一) 被控訴人は、控訴人からの勧誘がないにもかかわらず控訴人との取引を開始したものである上、その後の取引においても、銘柄の選択、株数、金額等の決定を自ら行い、評価損が大きくなっている場合でも、その株価の上昇を待つことをせず、損を承知で売却しては、投下資本を回収し、別の銘柄を買い付けて利益確保を図ろうとすることを頻繁に行うという投機的取引を自主的かつ積極的に行っており、さらに、取引をしないと判断したときには、一年間にもわたり取引をしないということもしており、控訴人の担当者の勧誘を受けてもその言いなりになって軽々にこれを受け入れることをせず、自分で考えて取引を行うというやり方を貫いているのであって、ワラント取引を行うについての適合性が明らかに認められる。

原判決は、被控訴人の取引状況を客観的に見る限り、被控訴人が証券取引に習熟していたとは評価し難く、かえって本件ワラントを購入する時点においては、被控訴人に投機的な証券取引を行うだけの能力について問題性が明らかになりつつあったといわざるを得ないと指摘するところ、右判示は、証券取引に習熟するに従い、相場変動の予測が確実なものとなり、利益は拡大していくものという誤った認識に立つものであり、不当である。証券取引における株価の変動を確実に予測することは何人たりとも不可能なことであって、いかに証券取引に習熟したからといって、株価の変動を的確、正確に予測できるようになるものではなく、経験を積めば種々の情報に基づいて銘柄の選択が行えるようになったり、予測がはずれたときに損失を少なく止めるなどの措置が機敏に行えるようになるにすぎない。被控訴人の場合、優良銘柄を選択しており、投資の時点における判断は的確であるし、損切りをしばしば行ったという事実は、株価の推移を的確に把握し、損失を拡大させないように早期に売却していることを示しており、被控訴人の証券取引の適合性を裏付けているというべきである。

(二) 被控訴人の資力の面でみても、ワラント取引のリスクが顕在化した場合にそのリスクを負担するに足りるものであった。すなわち、平成元年四月の日本証券業協会の理事会決議を受けて、控訴人は、ワラント取引の顧客についての資力基準を預かり資産額一〇〇〇万円以上と定めたが、被控訴人のワラント取引は、右の基準が定められる前であるにもかかわらず、平成元年一月九日のキャノン・ワラントの買付の際の預かり資産合計が九四九万〇五五一円(ただし買付時の評価額)であり、ほぼ一〇〇〇万円近い額であり、その後追加された「金融資産が一〇〇〇万円以上であるとき」という条件についてはこれを満たしていることが明らかである。

4 原判決は、ワラントは投資額全額を失う危険性が株式に比べて格段に高いというが、権利行使期間は五ないし六年と長期であり、しかも、勧誘の際に期限が過ぎれば無価値になる旨の説明が必ずなされるのであって、顧客は、買い付けたワラントを期限内に売却するのが普通であり、ワラント投資額全額を失う危険性が株式に比べて格段に高いとはいえない。また、原判決は、ワラントの価格変動の仕組みは株式に比べてはるかに複雑であり、無価値になる危険性があるというが、ワラントの価格は基本的に株価に連動し、その変動率が株価の変動より大きいだけのことであり、株価の動きをよく把握すれば、ある程度のワラントの価格変動も把握できるし、担当者自身がワラントの価格を伝えているのであるから、右指摘も当たらない。

二  被控訴人の反論

1 自己責任の原則について

控訴人は、自己責任の原則を根拠に控訴人にワラント取引の勧誘を控えるべき保護義務を認めることを否定するが、ワラント取引の勧誘を受けて、これを拒否するかどうかの判断をするためには、判断できる能力及び判断するための材料が必要であり、前者については適合性の原則が、後者については説明義務がそれぞれ問題になるのであって、自己責任の原則を一般的に論じても実益はない。

2 適合性の原則について

次の諸点に照らし、被控訴人にはワラント取引についての適合性がなかったというべきである。

(一) 被控訴人は、自らの判断で株式現物取引を多数回しているが、その取引銘柄はほとんどが東京株式市場一部上場株式であり、発行会社名も一般人でも知っているようなものばかりである上、その取引の判断材料としていたのは、中国新聞の株式市況欄と控訴人の担当者の説明だけであって、証券取引に習熟していたとはいえない。そして、被控訴人は、取引を重ねるごとに損失を重ねる傾向にあり、しかも、右取引がいわゆるバブルの絶頂期である平成元年一二月二九日より前のもので、一般的に株価の右肩上がりのときのものであったことを考慮すると、被控訴人の株式取引能力には疑問があったといわざるを得ない。

(二) 被控訴人は、炭酸カルシウムの原石を粉砕して粉にして出荷するという製粉会社の社員であり、控訴人と取引していたころは、業務課長として職務に追われる毎日であり、株式取引に時間を割ける状態ではなく、控訴人との取引も電話で済ませる状態であった。

(三) 被控訴人が株式取引を始めた昭和六一年当時の年収は約五〇〇万円であり、株式取引資金に充当できるのは約一〇〇万円であった。

(四) ワラントの価格は、変動が激しく、また、変動幅も大きく、パリティ部分とプレミアム部分とにより形成され、単純に株価に連動せず、価格も公表されないし、証券会社との相対取引であることを考慮すると、一般投資家には原則としてワラント取引の適合性が認められないというべきである。

3 説明義務違反について

仮に被控訴人にワラント取引の適合性が認められるとしても、本件においては、ワラントについての説明がなされているとはいえない。すなわち、証券会社及びその従業員が一般投資家に新たな投資商品の勧誘をするに当たっては、投資家の証券投資に関する判断を誤らせ、投資家に対し、予測できないような過大な危険を負担させる結果を生じさせ、投資目的を失わせることのないように配慮すべき義務があり、したがって、その投資商品の特質、仕組み、危険性などを的確に説明することが要求されるというべきである。これを本件についてみると、控訴人の従業員のBは、被控訴人が最初にワラントを購入した際、ワラントの説明をキャラメルのおまけに例えて説明しただけであり、ワラントの特質、仕組み、危険性について的確な説明は全くしていない。仮にBが被控訴人に対しワラントの説明をしていたとしても、説明義務は単に説明するだけではなく顧客に理解させることまで含むというべきであるところ、Bは、電話で一〇分ないし一五分程度説明をしたというにすぎないのであるから、その説明方法は被控訴人がワラントについて理解できるようなものではなく、このことは、被控訴人が権利行使期限が来て価格がゼロになるまで本件ワラントを保有し続けたことからも明らかであり、右説明義務は尽くされていない。

第三争点に対する判断

一  ワラントの意義等及び事実経過

次のとおり訂正するほか、原判決の九頁三行目から三一頁二行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決九頁につき、三行目の「甲三、四、」の次に「六、」を加え、同行の「一三の1、2」を「一三の1ないし3」と改める。

2  同一〇頁一〇行目の「更に」から同行末尾までを次のとおり改める。

「そして、プレミアムが、株価の水準、将来の株価上昇への期待、残存行使期間の長短等により変動するものであるため、ワラントの価格は、極めて複雑な動きを示すことがあり、その予測は株価に比べて困難であり、更に、外貨建てワラントの価格は為替相場の影響も受ける(なお、外貨建てワラントは、国内では上場されておらず、証券会社と投資家との間の直接取引により売買される)。また、ワラントは、権利行使期限が過ぎれば経済的に無価値になるが、その前においても、株価が権利行使価格を下回ると権利行使をすることに経済的メリットがないから、残存期間が短くなったにもかかわらず(特に二年を切った場合)、株価が権利行使価格を下回っているときは、その売却も困難になる傾向にある。」

3  同一一頁につき、一行目から二行目にかけての「分離型ワラント」を「分離型ワラント債」と、三行目から四行目にかけての「昭和六〇年一〇月三一日に」を「国内におけるものについては昭和六〇年一一月一日をもって、外国において発行されたものについては昭和六一年一月一日をもって」と各改め、四行目の「そして、」から末行の「勧誘していた。」までを次のとおり改める。

「そして、外国ワラントについては、平成元年四月一九日の理事会決議により、同協会において店頭気配を発表すること、協会員は、顧客の投資経験、投資目的、資力等を慎重に勘案し、顧客の意向と実情に適合した投資勧誘を行うように努めなければならないこと、協会員は、取引開始基準を定め、当該基準に適合した顧客との間で取引を行うものとすること、協会員は、顧客と取引を行おうとするときは、予め当該顧客に対し説明書を交付し、当該取引の概要及び当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明するとともに、取引開始に当たって、顧客の判断と責任において当該取引を行う旨の確認書を徴求するものとすることなどが定められ、控訴人においても、同年五月一日に顧客管理規定を変更し、顧客の資力基準を預かり資産額一〇〇〇万円以上とすること、取引の開始に当たり右確認書を徴求することなどを定めた。ただし、控訴人は、同年九月三〇日に再度顧客管理規定を変更し、外国ワラント取引顧客の資力基準について、預かり資産額が一〇〇〇万円未満の場合においても、顧客カード等により当該顧客の金融資産額が一〇〇〇万円以上であると認められればよいこととした。」

4  同一二頁につき、一行目の「顧客管理規定を変更して、」の次に「外国ワラントについての前記定めを国内ワラントを含むワラント全般に適用することとするとともに、」を加え、七行目の「規程」を「規定」と、一〇行目の「乙二」から末行の「二六」までを「乙一の1ないし3、二、三、四の1ないし3、五、六、七の1、2、一一、一四、一五の1ないし4、一六ないし一九、二一の1ないし19、二四、二六」と各改める。

5  同一三頁五行目の「一〇〇万円くらいだった」を「一〇〇万円くらいであり、また、預金も約三〇〇万円あったが、後記証券取引の資金は、右預金等では足りず、その一部を簡易保険を担保とする借入れによりまかなった」と改める。

6  同一五頁四行目の「二六九円八七〇〇円」を「二六九万八七〇〇円」と改める。

7  同一八頁四行目の「ステップ」の次に「(投資信託の一種)」を加える。

8  同一九頁五行目から七行目までを削除し、これに伴い同八行目から二八頁末行にかけての「(二二)」から「(三八)」までの数字を一ずつ繰り上げる。

9  同一九頁末行の末尾に「なお、クライスラーの株式は、被控訴人が初めて購入した外国株であって、Bの勧めによるものであった。」を加える。

10  同二二頁一行目の「損失が増加した」の次に「(昭和六三年末までに売却した株式等についての累積損失は三九〇万円以上に達していた)」を加える。

11  同二五頁八行目から九行目にかけての「八一六万五九一〇円」を「八一六万五一九〇円」と改める。

12  同二六頁七行目の「累積損失が多くなってきた」の次に「(同年三月三〇日までに売却した株式等の累積損失は約四八〇万円に達していた)」を加える。

13  同二七頁九行目の「被告は、」の次に「右売買成立後直ちに、」を加える。

14  同二八頁につき、四行目の「平成二年九月末」を「平成元年一〇月ころ」と、六行目の「転勤し」から七行目の「交替した」までを「転勤し、以後Cらが被控訴人を担当した」と各改め、八行目の「支払金額」の前に「投資信託の一種。」を、一〇行目の「証券取引はしなかった」の次に「(買い付けた株式等の売却を除く)」を各加える。

15  同二九頁二行目の末尾に次のとおり加える。

「なお、被控訴人は、以上の証券取引のうち日本株の購入及び売却はその多くを自己の判断により行った(その銘柄は著名な企業のものに限定されており、その際の判断の資料としたものは中国新聞の株式市況欄の記事程度であった)が、外国株、ステップ、転換社債、ワラントの購入はすべてBの勧めにより行ったものである。」

16  同三〇頁六行目の「付記があり」の次に「(平成四年七月三一日及び平成五年一月二九日の各時点における状況の通知書を除く)」を加える。

17  同三〇頁末行の「本件ワラントは」から三一頁二行目末尾までを次のとおり改める。

「本件ワラントは、控訴人が購入後、その売値(ビッド)の気配値が買値であった三三・五ポイントを上回ったことはなく、特に平成二年以後その価格が大きく低下していき、権利行使されることなく権利行使期限が経過して無価値になった。」

二  控訴人の責任

1  証券取引において、投資家は、証券会社から得られた情報、助言等を参考にするにしても、当該取引へ参加するか否か、あるいは参加する場合の取引内容等については、自らの責任で判断し、決定しなければならず、その結果、利益が出た場合は自らの利得としてこれを取得できる代わりに、損失が生じた場合は自らこれを負担するのが原則である(自己責任の原則)。しかしながら、個人投資家の場合、責任をもった自主的な判断をする前提としての的確な情報を十分に有していないため、証券会社からの情報、助言を信頼して取引に応じているのが現状であり、一方、証券会社は、証券取引に関する専門的な知識、経験、情報を有しているのであるから、これらの点を考慮すると、証券会社は、少なくとも個人投資家に対しては、証券取引を勧めるに当たり、当該証券取引の利益と危険性に関する誤った情報、理解により不測の損害を生じさせることがないように配慮すべき信義則上の義務(契約締結上の注意義務であり、本件のようにその前から継続的に証券取引をしている場合は、継続的契約に基づく債務ともいい得る)があるというべきである。したがって、証券会社及びその従業員は、証券取引を勧めるに際し、個人投資家に対し、投資家の職業、証券取引に関する知識、経験等に応じて、当該証券取引の利益や危険性に関し的確な説明をする義務(説明義務)があり、さらには、右説明をしてもその知識、経験等に照らし責任をもった判断をすることが期待できなかったり、その財産の状況に照らし当該取引をするのは不適当と認められる投資家に対しては、当該取引を勧めること自体が許されないといわなければならない(適合性の原則)。

2  これを本件についてみると、被控訴人は、本件ワラントの購入の際会社の業務課長の地位にあったこと、被控訴人は、昭和六一年一月二九日以後控訴人における商品取引を継続しており、特に昭和六三年に入ってからは頻繁に株式等の売買を繰り返していたこと、右売買は、その頻度からみて、資産株として保有することを目的としたものではなく、投機を期待したものということができること、特に日本株については、控訴人が被控訴人の勧誘がなくても、自己の判断で主体的に取引をすることが多かったこと、本件ワラントを購入する直前の時点において被控訴人は約八六五万円相当の株式等(ただし購入時の価格)を有していたことなどの事情を総合すると、右一連の取引において取引を重ねる毎に損失が累積する傾向にあったこと等を考慮に入れても、被控訴人がワラントの取引について適合性を全く有していなかったとまでいうことはできない。

しかしながら、ワラントは、いわゆるハイリスク・ハイリターンの商品であり、その価格の予測が株価に比べて困難であるところ、被控訴人の仕事は、その経験が証券取引に生かされるようなものとは認められないこと、被控訴人は、これまで、日本株の取引の多くを自己の判断により行ってきたものの、その銘柄は著名な企業のものに限定されており、その際の判断の資料としたものは中国新聞の株式市況欄の記事程度であったこと、外国株、ステップ、転換社債、ワラントの購入はすべてBの勧めによりなされたものであって、被控訴人が本件ワラントの購入前にワラントを購入したのは一回だけであったことを考慮すると、被控訴人がワラント取引を行うために必要な知識、経験を有していたとは到底いえない。そして、これらの事情とともに、本件ワラントの購入価格が六六五万三一〇〇円と多額であって、その時点における累積損失額を大きく超えるものであったことも併せ考慮すると、被控訴人は本件ワラントの取引について高い適合性を有していたとはいえないところである。そうすると、控訴人としては、被控訴人に対し、本件ワラントの購入を勧めるに当たっては、少なくとも、ワラントの意義、ワラント価格は株価の動きに影響を受けるが株価に比べ変動が大きいこと、最悪の場合投資額全額が損失となるおそれもあること、権利行使期間を経過してしまうとワラントは経済的に無価値になってしまうし、その前においても、売却が困難になり、権利行使の経済的意味もないという状況に陥る場合があることについて説明すべきであるし、しかも、その際、被控訴人が本件ワラントの取引について高い適合性を有していないことを踏まえて分かりやすく説明をし、ワラントの利益及び危険性について理解を得る義務があったというべきである。

3  ところで、証拠(乙一一、証人B)によれば、Bは、被控訴人に対し、キャノンワラントの購入の際、電話で一回につき一〇分ないし一五分くらいかけて、数回にわたり、ワラントの意義、最悪の場合投資額全額が損失となるおそれもあること、権利行使期間を経過してしまうとワラントは経済的に無価値になってしまうことなどワラントについて一通りの説明をし、本件ワラントの購入の際も電話で右同様の説明をしたこと、控訴人は被控訴人に対しキャノンワラントの購入の際及び本件ワラント購入の直後に分離型ワラントのパンフレットである乙第一一号証を送付したことを認めることができる。しかしながら、乙第一一号証には、ワラントについての概括的な説明が記載されているものの、その内容を理解するのは容易でないのみならず、ワラント取引の危険性については「転売もしくは権利行使せずに行使期間が終了すると、無価値になります。従って、最大の投資リスクは投資元本です。」という記載がある程度であり、ワラント取引の危険性が分かりやすく記載されているとはいえない。また、被控訴人がキャノンワラントの購入までワラント取引をしたことがなく、株式の取引とワラント取引との間には様々の相違があることを考慮すると、ワラントの意義及び危険性について理解を得るためには、被控訴人に対し、相当の時間をかけ、話す内容も工夫して説明することを要すると解されるが、控訴人は被控訴人に対し右のパンフレットの送付と右の程度の電話による説明をしただけであって、ワラント取引の危険性の理解を得られるに足りる説明がなされたと考えるのは困難である。また、Bが被控訴人に対し、ワラント価格が株価に比べ変動が大きいこと、権利行使期間の前においても、売却が困難になり、権利行使の経済的意味もないという状況に陥る場合があることについて説明した形跡もない。以上の諸点と被控訴人本人尋問の結果に照らすと、控訴人の履行補助者であるBが被控訴人に対しワラント取引の危険性等について適切な説明をし、被控訴人の理解を得たと認めることはできず、かえって、被控訴人はワラント取引の危険性を理解しないまま本件ワラントを購入したものと認めるのが相当であって、結局、控訴人は被控訴人に対し債務不履行(説明義務違反)に基づく損害賠償責任を負うというべきである。

4  なお、控訴人には使用者責任も認められること、しかし、これによる損害賠償債務は、時効によって消滅していることは、原判決三七頁一行目から六行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

三  損害額及び過失相殺

原判決三七頁七行目から三九頁一行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決三七頁九行目の「購入していなかったであろうから」を「購入していなかったと認めるのが相当であるし、右購入した本件ワラントは無価値なものとなったから」と改め、三八頁八行目の「自発的な取引回避」の次に「及び損害拡大回避」を加える。

四  弁護士費用

被控訴人が本件訴訟の提起を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著である。

ところで、一般に弁護士費用を債務不履行と相当因果関係のある損害として認めることができるか否かは一つの問題である。しかし、本件のように、本来の債務が金銭債務ではなく、かつ、その債務不履行が不法行為をも構成する場合においては、事案の難易等を考慮して相当と認められる額の範囲内の弁護士費用は当該債務不履行により通常生ずべき損害に含まれるものと解するのが相当である。そして、本件事案の難易度、認容額その他記録上現われた一切の事情を斟酌すると、本件においては、三五万円をもって債務不履行と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

五  結論

以上によれば、被控訴人の請求は、三六七万六五五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成九年一〇月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。

原判決は控訴人に対し右金額より少ない金員の支払を命じ、その余を棄却しており、右判断と異なっているが、被控訴人から不服申立てのない本件において原判決を控訴人の不利益に変更することは許されないから、控訴人の本件控訴を理由がないとしてこれを棄却するにとどめ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川鉄郎 裁判官 辻川昭 裁判官 森一岳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例